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・公演の構成と演奏された曲目 ・曲目と公演の様子について ・公演を終えて... ・寄付金贈呈報告 ・ライブ・ビデオ発売のお知らせ |
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ビルマ・ポップスの女王メースウィにとって1年4ヶ月ぶりとなる今回の来日公演は、在日ビルマ人の協力のもと、有志の日本人を中心とする実行委員会によって「チャリティ公演」として開催されました。その趣旨は、以下の3点。 1.ビルマ国内の民間慈善団体への寄付 「1」の対象となる慈善団体は、ビルマのメイッティラー市にある「ベーダーラン青少年ボランティア協会」。 「2」と「3」については、実を言えば、趣旨としては、同時に成立しにくいところ。つまり、在日ビルマ人の多くはノリの良い洋楽調のポップスを好み、アジアポップスに関心のある日本人の場合、この種の公演には伝統的要素を期待する、ということです。そうした嗜好の相違がある中で、このような趣旨に応え得る実力を備えた歌手は、実際、ビルマ・ポップス界ではメースウィをおいて他にいないと言っても過言ではありません。 こうしたことを踏まえて、今回の公演は、伝統歌謡と洋楽調ポップスとで、バックの演奏者を変えて構成されました。 昼・夜それぞれのステージにおいて、共に前半は伝統歌謡で、演奏は、在日ビルマ人社会のおけるイベントで活躍している「サンダヤー・トゥンエーヌエ氏(ピアノ)」、「ミンテイン氏(バイオリン)」、「ミンガラードー舞踊団(打楽器、キーボード、竪琴)」が特別のユニットを編成して担当。後半は洋楽調のポップスで、在日ビルマ人ロックバンドの草分け的存在である「BLACK ROSE」が演奏を担当しました。予定の公演時間は2時間。しかし大いに盛り上がったステージでは、途中で合作映画『血の絆』のPR(
昼と夜両方のステージでオープニング・ナンバーとなった「ミャンマンギリ」は、ビルマの伝統歌謡である「ダチンヂー」というジャンルの曲。編成は、小さなシンバルの「スィー」と拍子木に似た「ワー」(動画を見る)という打楽器が刻むシンプルなリズムをバックに、歌い手とビルマ竪琴の二重奏という形がとられています(動画を見る)。ビルマと聞いて「竪琴」を連想する日本人は、少なくないでしょう。そんな「竪琴」を前面に出した曲がオープニングに当てられたのは、「日本人へのビルマ文化紹介」という今回の趣旨に基づいての配慮。伝統歌謡のパート自体は3分の1程度で、全体的に洋楽調ポップスを中心としたステージの構成は、ビルマ人の嗜好に主眼をおいた形となっているため、日本人が好む伝統歌謡においては「お目当て」とも言える「竪琴」をあえて目立たせることでバランスがとられました。 映画や小説によって日本でその存在が知られているビルマの「竪琴」。ビルマ語で「サウン」といわれるこのビルマ竪琴は、ビルマ文化において、象徴的存在のひとつといえるでしょう。ただし、これは一般大衆の間に根付いているといった類のものではありません。「サウン(ビルマ竪琴)」のビルマ音楽における位置付けは、宮廷音楽の楽器。つまり、もともと大衆歌謡の中で奏でられるものではないのです。したがって、ビルマ人でもサウンを奏でられる人はなかなかいません。サウンとはそうした楽器ですから、今回の公演に出演した演奏者のテインタン氏は、在日ビルマ人の中ではなおさら貴重な存在といえます。そんなサウンとメースウィの二重奏によるオープニング・ナンバーの「ミャマンギリ」は、ひとつの伝統音楽のパートの中で演奏されましたが、他の曲とは異なる「宮廷音楽」の部類に属する曲なのです。 サウンを伝統的大衆歌謡の中に取り入れた演奏は、本国ビルマで試みられているとのことですが、これは決して一般的でないそうです。ただ、サウン自体が大衆歌謡の楽器でなくとも、そのフレーズを取り入れたような奏法は、大衆歌謡においてピアノの中に見出すことができます。また、このサウンを模したような早弾きは、同時にどこかジャズのアドリブを思わせるものもあり、何ともユニーク。実際、周辺諸国と同様、ビルマ歌謡も1930年代あたりから、外国音楽を取り入れつつ形成されていき、その過程でジャズの影響も受けているそうです。そんな伝統と外来文化が融合したようなユニークなスタイルのピアノ演奏者も、サウンと同様、在日ビルマ人社会においては貴重な存在。そうした意味でも、サンダヤー・トゥンエーヌエ氏のピアノは今回の公演における演奏の要となりました。 伝統音楽のパートは40分程で終了。そこで短い休憩が入り、その間会場では慈善団体の「ベーダーラン青少年ボランティア協会」への寄付が募られました。 後半のポップス・パートでは、歌と共にメースウィのサービス精神たっぷりのおしゃべりが全開。曲の合間に繰り広げられる観客との掛け合いで会場内は大いに盛り上がり、終盤に差し掛かったあたりでメースウィは歌いながら観客席へ。抱きつかれたりしながらにこやかに握手&写真撮影に応じて回る彼女の歌唱は、驚くことに、わずかの乱れもありません。超一流のエンターテイナーとしての偉大さをあらためて感じさせられました。(動画を見る)。 ビルマ・ポップスの中には、以前から日本の歌謡曲のビルマ語カバーがたくさんあります。今回は、日本のフォークソングであるシューベルトの「風」や中島みゆきの「ルージュ」などが取り上げられました。なお「ルージュ」については、ビルマ語ではなく日本語での歌唱。この曲はアジアにおける大ヒット曲となっており、各国でカバーされていますから、今回の公演で取り上げられたこと自体に珍しさはありません。ただ興味深いのは、メースウィが歌ったのは、正確に言えば「中島みゆきのルージュ」ではなく、「中国語カバーのルージュ」の歌詞を再び日本語にした一種の“日本語カバー”であるという点(動画を見る)。中国人の中には、この曲は中国のオリジナル曲で日本でもカバーされていると思い違いをしている人がいるくらいですから、アジアにおけるヒットの発信地は確かに中国でしょう。メースウィが歌った中華ポップス・アレンジのルージュは、このことをよくあらわしていると言えます。 今回の公演は、問題点がなかったというわけではありません。しかし、メースウィという歌手の実力と魅力は、存分に堪能することができました。40を超えた彼女は、今、歌手としては最も油が乗った時期ではないでしょうか。そう思わせるほど、より味わいある歌唱を今回聴かせてくれただけに、現在アメリカ在住で、公演の機会が決して多くないという状況に対して惜しい気がしてなりません。ビルマの文化財産という点からも、彼女はもっともっと多くの機会があってしかるべき歌手です。そんなことを改めて認識させられた公演でした。メースウィを含め、真に実力のある歌手の多くがアメリカ在住であるという現実は、まさに現在のビルマ歌謡界の現状を象徴しています。 メースウィの素晴らしさを再認識させてくれた今回の公演。「在日ビルマ人のイベント」と「日本人への文化紹介」という趣旨については、、まずは成功と言っていいででしょう。ただ、運営については「赤字」でした。夜の部の観客の入りはほぼ満員に近い感じでしたが、関係者などが含まれていましたから、実際の有料入場者数は、400名強収容できるホールでの2回公演で、合計511名。スポンサーなしの実行委員会による「手弁当」運営でしたから、収入は基本的に入場料のみ。そこに知人関係からの委員会への寄付金が合計40,250円とサイン入りブロマイドの売上17,260円が加わり、最終的な収入総額は1,731,710円でした。一方、経費は2,363,276円。結局、差し引き60万円以上の赤字となりました。よって公演からの「収益」はマイナスでしたが、慈善団体への寄付金については、当日の会場で募るなどして234,398円集まりました。これによって、「慈善団体への寄付」という趣旨についても成功を収めることができました。 以上、当初掲げた3つの趣旨に照らし合わせてみると、運営的にはかなりの赤字であっても、内容的には総じて成功裏に終わった公演であったと言っていいでしょう。 寄付金234,398円のうち、500ドル分に当たる60,850円が、2003年8月8日、メイッティラーのベーダーラン青少年ボランティア協会に贈呈されました。より息の長い活動継続支援という観点から、4回に分けて贈呈することになり、その第1回の贈呈が行われました。その詳細につきましては、ベーダーラン青少年ボランティア協会についてのページをご覧ください(詳細はこちら)。ライブ・ビデオ発売のお知らせ 今回の公演の様子を収めたビデオが4月に発売となります。内容的には来日時からリハーサル風景などを織り交ぜての構成となっており、品質的には撮影、編集においてすべてプロの業務用機材を使用しての高画質処理で、信頼できる作りとなっております。また、今回の公演自体が日本人をも対象とする趣旨で企画されましたから、このビデオも同様に制作されており、ライナーノーツ付で発売されます。※当ホームページ『バダウ』でも数曲サンプルビデオが観られるようになっておりますのでご覧ください(曲目参照)。ただし、これは実行委員会の許可のもとで当方が撮影したテープから独自に作成したものなので、発売されるビデオの内容(品質)とは異なっております。 『メースウィ・チャリティ・コンサート in TOKYO
2003』
メースウィ・チャリティ公演 日時=2003年2月23日(日) |
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| 2008年2月〜 2007年4月〜 2006年12月〜 2006年1月〜 2005年4月〜10月 2004年2月〜2005年2月 レーピュー来日 2003年4月〜9月 メースウィチャリティ公演 2002年7月〜2002年11月 2001年11月〜2002年6月 |
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